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人形
2019.08.09

【人形の買取り処分】陶器人形・磁器人形を上手に売却する方法

 

リビングに飾ってある磁器製の可愛らしい女の子の置物を目にしたことはございませんか。

 

陶器や磁器などの焼物からできている人形は陶器人形磁器人形、或いは全部合わせて陶磁器人形、そして西洋陶磁器においてはフィギュリンなどと呼ばれております。

人形は先史時代のいずれの文化・文明にも存在し、自分たちの姿かたちに似せて人形を作るという行為は私たち人間の文化的活動において最も根源的なものと言えます。

 

ただ陶器人形・磁器人形はそれぞれ種類も多く、思い浮かべる人形が皆様で違うのではないでしょうか。

日本では伊万里人形、西洋陶磁器ではマイセンやリヤドロ、ロイヤルコペンハーゲンなど世界的に有名な窯元や陶磁器メーカーで作られた人形や、ビスクドールのように製法によって分類される人形、はたまた「博多人形はそもそも陶磁器人形なの?」など分類自体が人形にご興味のない方には少しわかりにくいものなど存在し、いざ実家にある陶器人形を処分しよう、売却しようと考えた際、買取ってもらえる人形なのか・価値のある人形かどうかの判断が難しいかと思います。

そこで今回は「売れる陶器人形・磁器人形の種類とポイント」をご紹介していきたいと思います。

 

 

①フィギュリン(Figurine)

フィギュリンとはフランス語で「小さい」を意味する言葉=figureを語源とする陶磁器製の人形を指す言葉です。

英語でもfigureとあり、フィギュアは一般的に人形を指す言葉と思われておりますが人形すべてを指すわけではなく、等身大や数分の1のサイズの立像はstatue=スタチューと呼び、ヴィネットを含む小型の人形をfigurine=小立像と訳します。

西洋陶磁器メーカーにおいて作られる陶器人形・磁器人形は総じてフィギュリンと呼ばれており、そのほとんどがハンドペイントやハンドメイドにより制作されております。

 

 

マイセン

西洋陶磁器文化においてマイセンは外すことのできない名窯です。

 

17世紀頃の西洋社会では東洋から輸入される磁器が憧れの芸術品でした。ヨーロッパ各国の王侯貴族が磁器の製造開発に躍起になり神聖ローマ帝国領内のザクセン選帝候兼ポーランド王・アウグスト2世は錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーに磁器を作るよう命じます。1709年ベトガーらはカオリンを原料とした白磁の制作に成功し、これより西洋磁器の文化が始まりました。

マイセンはベトガーが白磁の製造に成功して間もなくヨハン・ヨアヒム・ケンドラーという天才造形師を招聘します。このケンドラーこそ今のマイセンの礎を築いた人物と言っても過言ではないでしょう。

 

ケンドラーはまずアウグスト2世の別邸・日本宮に飾る動物の制作に取り組みます。18世紀のヨーロッパはロココ様式よ呼ばれる様式が流行しました。荘厳・豪壮なバロック様式に比べロココ様式は華やかで繊細、優美と言われており植物の葉のような繊細かつ複雑な曲線が多用されたモチーフが多く作られました。

ケンドラーは当時貴族の間で流行していたロココ様式をいち早く察知し人形の装飾に用いました。18世紀の宮廷生活を彷彿させる磁器人形と共にケンドラーはギリシア・ローマ神話をモチーフとした天使の磁器人形などを制作します。肌艶や目・鼻・口の表情と手足の仕草、そして衣装の躍動感や臨場感を見事に一体化させ表現しました。

 

ケンドラーが指導した造形師として知られるのがもう一人の天才アシエです。ミッシェル・ヴィクトワール・アシエはフランスのヴェルサイユで生まれたフランス人で1764年にマイセンに招かれケンドラーの元、磁器人形制作に従事し、ケンドラーの死後はモデルマイスターとして後継者となります。

アシエはロココ様式に対する反発から生まれた新古典主義的なルイ16世様式と呼ばれるフランス・ブルボン王朝期に流行した直線や厳密な対称構成と女性的繊細さを兼ね備えた様式を人形作りに用い、1780年にマイセンを退社するまで200体以上の人形や群像の原型を作ったと言われております。

 

その後もマイセンはユリウス・コンラート・ヘンチェルやパウル・ショイリッヒといった新しい才能を次々と雇用し最高級磁器人形としての地位を確固たるものとしていきました。ヘンチェルは当時流行していたアールヌーヴォー様式を上手く取り入れ今でも高い評価を受ける造形師の一人です。またショイリッヒは1913年に原型を作ったロシアのバレエ人形や1937年のパリ万博において大賞を受賞するなど20世紀で最も優れた造形師と賞されており、今なお人々を魅了し続けております。

 

マイセン人形は工芸品の枠を超えた芸術品として認知され、現在でも最も高く評価されている磁器人形・フィギュリンのひとつでしょう。

 

 

リヤドロ

リヤドロはスペイン東部バレンシア州に1950年代に設立された磁器メーカーです。

 

バレンシア北郊の街アルマセラ出身のホアン、ホセ、ビセントのリヤドロ3兄弟によって創業されました。

3人はそれぞれバレンシアの美術学校で絵画や彫刻、陶芸を学び自宅の中庭に陶器用の旧式窯を設置、ランプなどの花飾りを制作するようになります。旧式窯とは地元で広く使われていたイスラム式の窯です。スペインは地理的にイスラム圏との交易があり、中世以降はイスラム由来のイスパノ・モレスク陶器が主流でした。

花飾りの評判は上々だったためしばらくして今度は磁器用の高熱窯を導入しドイツのマイセンやフランスのセーヴルのような磁器花瓶などを作り始め業績を伸ばします。

1955年にはバレンシアに販売専門店を設置し、1956年にカオリンを原料ととした磁器人形・フィギュリンの製造を開始しました。

 

リヤドロの磁器人形は4000から5000色もの絵の具で着色します。マイセンやセーヴルの模倣から入りましたが、リヤドロは常に新しいデザイナーを招き入れ、研鑽に励み独自の磁器人形を完成させたのです。

ほっそりとした体形に物憂げな表情が印象的ですがモチーフは神話や物語の神々や登場人物、または庶民や動物たちの営みなどがどこかメルヘンチックに表現されております。

中には雛人形や五月人形、力士、そして仏像など日本をテーマにしたモチーフもあることから日本にも愛好家が少なくありません。

 

リヤドロの持つ技術の集大成とも言える最高品質の特製人形シリーズをハイポーリセンといいます。従来の磁器人形に比べよりハイレベルな彩色がされ、緻密な造形美を追求した最高峰コレクションにあたります。先述しました雛人形もハイポーリセンシリーズの作品として製造されており、その重厚感と雅趣に富んだ雰囲気は最高級に相応しい雛人形と言えるでしょう。

また一方で、陶器の素朴さを磁器で表したリヤドロ・グレスというシリーズには味わいと温かみがあります。茶褐色の素朴な風合いは硬質磁器のフィギュリンとはまた違った雰囲気があり楽しめます。

 

リヤドロの製法は創業より手作業が基本です。

特徴的なのは原型を作る際、人形の各パーツを分割してそれぞれ石膏で型を取りマスターモデルと呼ばれる親型を制作します。角パーツごとに分割することで製品がより原型に近く製造することができ、強いてはリヤドロのフィギュリンの高品質を支える秘訣でもあります。

この手法は変わることのないリヤドロの伝統として高く評価されており、これからも企業やアーティストとのコラボなどでも新しい作品を発表し続けるでしょう。

 

 

セーブル

セーヴル焼はフランスのセーヴルで生産されている磁器のことを指します。マイセンが白磁の磁器を完成させるのに先んじてヨーロッパ初の白色磁器製造に成功したのがフランスの古窯ルーアンと言われております。

ただしそれは硬質磁器ではなく軟質磁器であり、フランス磁器の主流としてムスティエ、マルセイユ、サン=ポール=ド=ヴァンス 、そしてシャンティイなどで焼かれるようになりました。

 

シャンティイ窯の軟質磁器に当時の流行でした古伊万里の柿右衛門様式の写しを施していたデュポア兄弟がフランス・ブルボン朝の大蔵大臣フリビーに招聘されヴァンセンヌに窯を設置します。その後国王ルイ15世や公妾ポンパドゥール夫人の援助を受け、1756年窯をセーヴルに移し1759年フランス王立セーヴル製陶所となりました。

 

セーヴルの前身であったヴァンセンヌ窯では東洋芸術の模倣が主流でしたがセーヴルは東洋趣味も踏襲しつつ画家ブーシェや彫刻家ファルコネなどを参加させ独自の様式を創り出すことに成功します。その代表的なものが「国王の青(ブリュ・ド・ロワ)」「ポンパドゥールの薔薇色(ローズ・ポンパドゥール)」と呼ばれる釉です。

国王の青(ブリュ・ド・ロワ)の酸化コバルトを主原料とした鮮烈な濃紺色、そしてポンパドゥールの薔薇色(ローズ・ポンパドゥール)はパトロンであったポンパドゥール夫人が特に好んだと言われている、中国の釉薬の影響を受けた雅趣に溢れ洗練された色だったとされております。ポンパドゥールの薔薇色(ローズ・ポンパドゥール)の調合方法は当時の科学アカデミー総裁・エローが一括管理をしていたのですが彼の死後失われた技術となってしまいました。

 

セーヴルは当時のヨーロッパの中心であったブルボン王朝の趣味嗜好に対応し、豪奢にして華麗、そして繊細なロココ様式を用いた調度品や王侯貴族の日用品などを製造し、まさしく富と権力の象徴としてフランス陶磁器文化に君臨します。

そのため世の人々の目には触れることがなく、一般的には流通しないため「幻の陶磁器」と呼ばれておりました。

それは今日も変わらず、生産量は年間約6000作品と限定されており、そのほとんどがフランス国家のためのマスターピースなため一般的な市場に出てくるケースは極めて少ないと言っても過言ではないでしょう。

 

その希少性のため、セーヴルの磁器人形・フィギュリンはコレクター垂涎の美術品であり、高額な買取り価格が見込める磁器人形のひとつです。特にセーブルの磁器人形「ビスケット」は別格でしょう。1751年以来、模様も装飾も釉薬もない真っ白な大理石のようなセーブルの磁器人形は「ビスケット」と呼ばれておりマイセンの彩色された磁器人形とよく比較されております。

 

 


その他にもハンガリーを代表する磁器メーカー・ヘレンドやイタリア磁器メーカー・リチャードジノリ、オランダのロイヤルコペンハーゲンなどヨーロッパ各国の陶磁器メーカーでも多種多様な陶器人形・磁器人形・フィギュリンが製造されております。

 

 

②日本の陶器人形・磁器人形

日本においても窯元や陶磁器メーカー、そして伝統的な郷土人形として陶器人形や磁器人形が数多く作られました。

その中で市場評価の高い陶磁器人形をいくつか紹介したいと思います。

 

 

伊万里焼(柿右衛門様式)

伊万里焼とは17世紀ごろかた有田(佐賀県有田町)を中心に日本で初めて製造された磁器を指します。

1610年代から1630年代初期伊万里と呼び、1670年代濁手に赤絵を施したものを柿右衛門様式と呼びます。

柿右衛門様式は当時重要な輸出品のひとつであり、東インド会社を経由してヨーロッパに輸出され王侯貴族の奢侈の対象として珍重され、後のマイセンやセーヴルなどヨーロッパ磁器に多大な影響を与えました。

 

そして伊万里で焼かれた婦人型や鶏、オウム、象や獅子といった動物型の磁器人形も同時に多く輸出されております。

これらは国内向けに作られたというより海外輸出向けに生産された人形で、当時のヨーロッパの人々の日本趣味を盛り上げる立役者となりました。

 

柿右衛門様式とはいえ、伊万里人形には皿や瓶に用いられる濁手は使われておらず、若干粘りがあり通常より鉄分が多く含まれた素地で作られております。これは鉄分をほとんど含まない濁手は粘りがなく人形など細かい細工をする作品には向いていないと判断されたためと言われております。

また柿右衛門様式には通常使われない黒の釉薬が伊万里の磁器人形には使われているのも特徴のひとつです。

そのため髪や帽子の絵付で使われている黒がどのような黒なのかで人形の制作年代を判別・鑑定する方法もとられることもあります。

 

18世紀以降はヨーロッパでの輸出競争を景徳鎮窯など中国に敗れてしまい磁器輸出の販路を失った伊万里焼は国内向けの日用雑器や食器などの製造にシフトし柿右衛門様式の磁器人形製造も衰退しました。

明治を迎えると殖産興業の国策のもと海外輸出向けとして伊万里や九谷、薩摩などが輸出される様になります。

 

マイセンでは柿右衛門様式の写しが数多く作られるほど影響を与え、ヨーロッパの王侯貴族に愛された伊万里焼は、今現在もオールドイマリ(Old Imari)と呼ばれ日本のみならず世界中に熱心なコレクターが存在する日本の誇るべき古美術品のひとつと言っても過言ではないでしょう。

 

 

瀬戸ノベルティ

瀬戸ノベルティはセトノベルティと片仮名で表記されることも多いかもしれません。

六古窯のひとつ、愛知県瀬戸焼で製造された主に輸出向けの磁器人形になります。ノベルティとは陶磁器製の人形、置物や装飾品などを総称で主に大正時代から瀬戸で本格的に作られる様になりました。

 

1914年第一次世界大戦が勃発した当時、ノベルティ人気が高かったアメリカでは最大のノベルティ生産国であり戦争では敵対国であったドイツからのノベルティ輸入が途絶えてしまいました。その時ドイツに代わりノベルティ生産の中心に躍り出たのが瀬戸です。ニューヨークにあった森村ブラザーズ(現在のノリタケ)が中心となりマイセンの磁器人形のような高価なものではなく、アメリカ中流層をターゲットにしたドレスデン人形風の磁器人形の製造販売を1935年から開始します。

 

17世紀から18世紀のロココ様式風な衣裳をまとった優雅な人形やハロウィンなどアメリカ文化をモチーフにした人形、天使や写実的な動植物像など数多くの磁器人形が作られ輸出されました。

戦後瀬戸ノベルティは1945年から1952年のオキュパイドジャパンの時代を経て、アメリカの人気画家ノーマン・ロックウェルなどをモチーフにし最盛期を迎えます。この頃の瀬戸ノベルティ製造メーカーは300社を超えていたと云われており、その中でも丸山陶器光和陶器大東三進愛新陶器などが瀬戸ノベルティを代表するメーカーとして高い評価を受けました。

 

しかしながら瀬戸ノベルティのほとんどが海外向けであったため日本国内で流通することがなく、その存在が知られることはほとんどありませんでした。一方で海外でのセトノベルティコレクターは少なくなく、特にオキュパイドジャパン時代の磁器人形はコレクターズアイテムとしてアメリカを始め日本でも認知されています。

 

 

土人形

土人形は日本古来の伝統工芸品であり、高温で焼き上げる磁器人形に対し、低温の素焼きに胡粉をかけ泥絵の具で彩色した素朴で味わいのある人形の総称になります。

京都の伏見人形や福岡の博多人形など有名な伝統工芸品としての土人形をはじめ、日本各地に郷土人形として数多く存在しています。

 

博多人形は近年供給が需要に対し勝っており買取りの査定としては低い評価であることは否めません。しかしながら一方で高額で取引されている博多人形も多く存在します。博多人形の買取りにおいて重要なのは作家性になります。

例えば福岡県重要無形文化財の中村衍涯の息子・中村信喬は現代を代表する博多人形師として知られ、高値での買取りが期待できる人形作家の一人です。

伝統工芸という確固たる技術を背景に新たな才能達がその可能性を模索しているのが現代の土人形です。これからの発展に期待ができる陶器人形と言っても過言ではないでしょう。

 

 

 

③陶器人形・磁器人形を高く売るには

上記しました西洋陶磁器メーカーや日本の陶磁器人形の中には作られてから100年以上前の作品もあり、高額での買取可能な人形も少なくありません。

しかし繊細な陶磁器製であるがため、保存状態を誤ってしまいますとせっかく高額での査定を見込めたものが思わぬ低評価となってしまう可能性も高いのが実情です。フィギュリンの指先などは特に欠損しやすい箇所になりますので売却をご検討の際はぜひご確認ください。

 

お客様の中には人形にそれほどご興味がなく、どれも同じに見え価値があるのかどうか判断つかないという方もいらっしゃるかと思われます。

陶磁器人形の価値が知りたい方は人形買取り業者にご依頼することをお薦め致します。。

その判別には鑑定力のある買取り業者の選択が必要不可欠な要素になります。マイセンの人形や柿右衛門様式の人形はその人気のため非常に贋物・偽物の多いことでも知られており、鑑定力が問われる美術品のひとつです。お客様のお持ちの陶器人形・磁器人形に対し明確な説明ができる買取り業者、真贋の判断が正確な買取り業者を是非お選びください。

 

また陶磁器人形の売却には買取り業者の販路も重要となってまいります。実店舗を持たない買取り専門業者ですと高額な人形を在庫として抱えたくないため低い査定額を提示することが往々にしてございます。フィギュリンの中には大変高額な作品が多く、流動性の高い美術品ではありません。そのため次の縁があるまでじっくり待てる実店舗のある買取りと販売を兼務した業者が結果的に買取り価格も高くなる傾向にあります。

 

 

弊社・呂芸は1985年より杉並区荻窪にて古布・古美術品を中心に販売と買取りを行っております。販路はBtoB、BtoC、eコマースそして店舗販売による小売りと多岐に渡ります。

私たち呂芸には人形専門の査定員もおり、陶器人形・磁器人形鑑定に関しては自信がございます。もし、フィギュリンなどのご売却をお考えでしたらお気軽に私たち呂芸にご相談くださいませ。
LINEなどweb査定も行っておりますのでご遠慮なくお問い合わせください。もちろん無料で対応させていただいております。
皆様方の大切にされていきた陶器人形・磁器人形をご売却の際は、ぜひ呂芸にお任せ下さいませ。

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