買取実績
  • 2019.03.30 
    骨董品
    出張買取

    扁額(海軍大将・米内光政)の買取り(日本海軍)横浜市戸塚区

    • 買取エリア

      横浜市戸塚区

    • 買取参考価格
      お問い合わせください

こんにちは「骨董茶道具古布はぎれアンティーク着物販売/骨董茶道具古布はぎれアンティーク着物買取りの呂芸」です。

本日は横浜市戸塚区にて扁額など骨董の出張査定・出張買取りに行って参りました。

その中で今回ご紹介したいのが旧日本軍の海軍大将にして第37代内閣総理大臣・米内光政の扁額です。

 

米内光政は岩手県出身の日本を代表する軍人でもあり政治家の一人です。日露戦争では旧日本海軍中尉として東郷平八郎らとともに日本海海戦に参戦し武功を上げるなどの功績が評価され昭和11年連合艦隊司令長官に就任、翌昭和12年より林銃十郎内閣時などで計6回の海軍大臣を経て第37代内閣総理大臣に就任しました。山本五十六との深い交遊関係で知られており、連合艦隊司令長官を僅か2カ月で退任させられた米内を海軍大臣に強く推したのが当時海軍次官であった山本五十六であることは有名なエピソードです。山本五十六とは明治44年、砲術学校の教官として務めていた時に出会った以来の旧知の仲といえ、この推薦は五十六が米内の知識と先見の明を高く評価していた証左と言えるでしょう。

 

共に二人は日独伊三国軍事同盟に反対し日本陸軍と大きく対立します。米内光政・山本五十六に井上成美(いのうえしげよし)を加えた海軍勢を当時は「条約反対三羽ガラス」と呼ばれ揶揄されておりました。そういった日本陸軍との対立が激化する中、米内は内閣総理大臣に就任します。旧日本陸軍の力が大きくなっていき強権的になっていく中、米内はバランスを取り穏健派の自由主義的だったと言えますがそのことが更に陸軍の反発を招き最終的には辞任へ追い込まれました。

 

拝見しました米内光政の肉筆墨蹟、落款には海軍大将米内とありました。

ご依頼者様にお伺いしますと、元々の持ち主様はご依頼者様の御祖父様で、大阪で会社経営をされていた方でした。御祖父様も先の戦争を体験され、米内光政の考え方や戦後処理に尽力した姿を見て思うところがあったのだと思います。

この度は思い入れのある大切な骨董をお譲り下さりありがとうございました。

 

「骨董茶道具古布はぎれアンティーク着物販売/骨董茶道具古布はぎれアンティーク着物買取りの呂芸」では軍人・政治家の書・掛軸などの骨董や軍服・軍装品・勲章など旧日本軍関係の骨董買取りを強化しております。

ご自宅の整理や生前整理・終活、コレクションの処分や断捨離、ご遺品の整理、また倉庫や納屋、蔵の整理も承っておりますのでお気軽にご相談下さい。

LINEなどweb査定もしておりますのでご遠慮なくお問い合わせくださいませ。

 

 

横浜市は横浜市青葉区・横浜市旭区・横浜市泉区・横浜市磯子区・横浜市神奈川区・横浜市金沢区・横浜市港南区・横浜市栄区・横浜市瀬谷区・横浜市都筑区・横浜市鶴見区・横浜市中区・横浜市西区・横浜市保土ヶ谷区・横浜市緑区・横浜市南区などにお住いの方は出張買取り対応致します。
また神奈川県は愛甲郡相川町・愛甲郡清川村・足柄上郡大井町・足柄上郡中井町・足柄上郡松田町・足柄上郡山北町・足柄上郡箱根町・足柄上郡真鶴町・足柄上郡湯河原町・厚木市・伊勢原市・海老名市・小田原市・鎌倉市・川崎市麻生区・川崎川崎区・川崎市幸区・川崎市高津区・川崎市多摩区・川崎市中原区・川崎市宮前区・高座郡寒川町・相模原市・相模原中央区・相模原緑区・相模原市南区・座間市・逗子市・茅ケ崎市・中郡大磯町・中郡二宮町・秦野市・平塚市・藤沢市・三浦郡葉山町・三浦市・南足柄市・大和市・横須賀市などにお住いの方は出張査定・出張買取り対応致します。
東京・神奈川・千葉・埼玉・茨城・群馬・栃木といった関東一円、全国出張査定・出張買取りも承りますのでお気兼ねなくお問合せくださいませ。

店舗 骨董茶道具古布はぎれアンティーク着物販売/骨董茶道具古布はぎれアンティーク着物買取り/各種教室/呂芸

電話 03-3398-2144

住所 東京都杉並区荻窪5-16-15 井上ビル2F

営業時間 11時~17時00分

買取りに関する電話 0120-410-314  

受付時間 9時~20時(営業時間と買取りに関する電話受付時間は異なりますのでお気を付けください)

メディア情報