買取実績
  • 2019.02.20 
    骨董品
    出張買取

    骨董・工芸品の買取り(雨宮静軒・硯)杉並区井萩駅

    • 買取エリア

      杉並区下井草

    • 買取参考価格
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こんにちは、「杉並区で骨董品古布はぎれアンティーク着物販売/骨董品古布はぎれアンティーク着物買取りの呂芸」です。

本日は杉並区井萩駅周辺にお住いのお客様宅に骨董の出張査定、出張買取りにお伺いして参りました。

今回ご紹介したいのが雨端硯・11代雨宮静軒です。

 

雨端硯は初代雨宮孫右衛門が1690年(元禄3年)山梨県身延山参詣の途中、富士川支流の早川の河原にて漆黒の流石を拾い、硯にしたことが始まりと言われております。

1784年(天明4年)4代要蔵が将軍一橋公に献上したことからその名が広く知られることとなり、中国硯にも勝るとも劣らないと言われた良石から成るその硯は8代鈍斎の時に明治政府元老院議官にして貴族院議員の東京大学教授・中村正直に高く評価され「天機硯ハ、我邦ノ端州硯也。」として「雨端硯」と号することを賜ります。端州とは中国・端渓硯の産地のことを指します。端渓硯は最高峰の硯として知られておりますが中村正直は雨宮家の作る硯を日本の端渓硯と称賛し、それ以降雨畑家で制作された硯は「雨端硯」として知られるようになります。

 

11代雨宮静軒は1892年(明治25年)に山梨県で生まれます。東京美術学校付属工芸講習所を修了後、更なる意匠の習得を求め日本画家・竹内栖鳳に師事し図案を学びます。日本画の意匠を取り込んだ静軒の硯はその芸術性が高く評価され東京大正博覧会での銅牌受賞を皮切りに台湾勧業共進会・銅牌、平和博覧会・金賞、そして1931年(昭和6年)帝国美術院展に出品すると以後4回の入選を果たします。

11代雨宮静軒は硯を芸術の域まで高めた存在であると同時に硯本来の使いやすさも追求したと言われており、飽きのこない図柄の妙と実用性を兼ね備えた総合芸術と言えるでしょう。

今回拝見した雨端硯は日本画の空間美と硯の実用性の調和がとれた、実に静軒らしい作行だと思われます。

 

11代雨宮静軒は朝鮮美術展出品を経て文部省美術院展の出品し、以後6度の入選を受賞します。

1937年(昭和12年)に文部省芸術保存資格者に指定され、1971年(昭和46年)には日本伝統工芸会監査員に任命され、日本の硯工芸は勿論、日本の伝統工芸において名実ともに大きな存在となります。

 

日本の端渓硯と賞された雨端硯ですが、残念ながら一般的に和硯より中国硯の方が評価が高いのは昔も今も変わらない事実です。しかし昭和18年の帝展に出品された「九こう硯」は日本画のモチーフ「鶴」を巧みに取り入れた意欲作であり雨宮静軒の個性が見事に発揮された逸品です。中国の硯にない、日本の風土が根底にあるセンスを感じさせます。お持ちだった方は残念ながらお亡くなりになられご遺族様からご遺品の整理ということでこの度骨董、硯の買取りという形でお譲りいただきました。中国の硯ではなく赤間硯や雄勝硯、土佐硯に那智硯、そして雨畑硯などの日本の硯、和硯を多くお持ちで、持ち主様のこだわりを感じるお品々でした。

この度は大変想いのこもった骨董や硯をお譲り下さりありがとうございました。

 

 

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