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骨董品
2021.12.31

クメール仏の買取について

はじめに
クメール仏は9世紀初頭から600年余り続いたアンコール王朝の時代のカンボジアで制作された仏像になります。
独自の発展を遂げ、仏像コレクターの方から人気の高い仏像の一つと言えます。
しかしクメール仏はあまり詳しくない素人の方にはなかなか価値が分かりにくい仏像かもしれません。
そこで「クメール仏の買取について」と題し、買取と査定のポイントについてご説明したいと思います。
  
アンコール王朝とは
アンコール朝とはクメール王朝とも呼ばれる9世紀から15世紀まで東南アジアに存在していた王国で、現在のカンボジアのもととなった国になります。そしてこれより以前にあったチェンラ王国(真臘)の流れを受け継ぐクメール人の王国としても有名です。
 
802年頃、ジャヤーヴァルマン2世王がシャイレーンドラ朝から解放し、プノン・クーレン丘陵で即位したのがクメール王朝の始まりになります。王都はハリハラーラヤです。シャイレーンドラ朝は8世紀半ばから9世紀前半にかけてジャワ島中部に建てられた王朝となります。

889年、ヤショーヴァルマン1世がヤショーダラプラに遷都、928年から944年の期間、ジャヤーヴァルマン4世の時代に一時チョック・ガルギャーに遷都します。このようにアンコール朝は王が変わるたびに王都を変えることが多かった様です。

950年頃、スーリヤヴァルマン1世ラヴォー王国を占領します。1010年から約十年間、現在のタイにあったハリプンチャイ王国がラヴォー王国に援軍を送り、ラヴォー王国を再びモン族勢力下に取り戻そうとアンコール王朝と何度も争いましたが、マレー半島のナコーンシータンマラート群のクメール人王が船でアンコール王朝に援軍を派遣したことによりハリプンチャイ王国軍は撤退します。そして1023年にもアンコール軍はハリプンチャイ王国のラムプーンを攻撃します。

1113年にはスーリヤヴァルマン2世が西隣のチャオプラヤー川デルタのシャム人やモン人、南隣のチャンパ王国や、東隣と戦い、王国の範囲は、タイ中部、マレー半島、ベトナム南部におよびます。彼は寺院建築に熱心で、アンコール遺跡アンコール・ワットトマノンバンテアイ・サムレ、およびピマーイ遺跡などのヒンドゥー教寺院を多く建築します。
1177年、チャンパ王国の大軍が王都ヤショーダラプラを破壊しますが1181年にはジャヤーヴァルマン7世がチャンパ王国に徹底抗戦し王都ヤショーダラプラを奪還、そのまま王として即位します。その後まもなく1190年にはチャンパ王国を降伏させるに至ります。12世紀から13世紀にかけて、アンコール王朝はヴィジャヤ王朝ともしばしば戦争を行います。一時はヴィジャヤ王朝を占領したこともあり、アンコール遺跡にはチャンパ人兵士の浮彫が残されていることが知られております。12世紀末、ジャヤーヴァルマン7世の時代にアンコール王朝は最盛期を迎え、現在のタイ東北部・ラオス、およびベトナムのそれぞれの一部をも領有しました。さらにジャヤーヴァルマン7世はそれまでの王が掲げていたヒンドゥー教ではなく、仏教を信仰し、アンコール・トム(ノーコー・トム)を始めとする一連の仏教寺院を建立します。また、灌漑設備を建設して農業の振興をはかり、アンコール王朝は東南アジア最大の勢力となりました。
 
ジャヤーヴァルマン7世が死去して激しい後継者争いが行われた結果、アンコール王朝は弱体化し、1238年にスコータイ王国、1259年にラーンナー王国がそれぞれ独立してしまいます。1283年にフビライハン率いるモンゴル帝国が侵攻しジャヤーヴァルマン8世1285年1292年に元朝に朝貢することとなります。
宗教的には、13世紀に上座部仏教インドシナを掌握するまで、ヒンドゥー教や大乗仏教の混じった宗教が信仰されていおりました。アンコール王朝は寺院建築で莫大な国費を費やした上、宗教をめぐる政争で次第に国力が衰えてしまいます。アンコール王朝では、王は即位すると新たな寺院を作るものとされていたことから、アンコール・ワットの周囲には千以上にもおよぶ遺跡が今でも残っています。その後ヒンドゥー教徒のジャヤーヴァルマン8世の治世に廃仏事件が起こり、ヒンドゥー教に由来する題材に彫り直されます。さらに1295年に仏教徒のインドラヴァルマン3世が8世を殺害し、王位に就くなど国政は乱れます。
 

1351年にアユタヤ王朝が近隣のタイで建国されます。1353年、アンコール・トムへ留学していたファー・グムを支援し、現在のラオスにラーンサーン王国が建国されます。そして1378年スコータイ王国がアユタヤ王朝に征服されます。

14世紀後半からアユタヤ王朝が勃興し、アユタヤ王朝との戦いによって国力は疲弊することとなり1431年にアユタヤ王朝が侵攻、アンコール王朝の首都アンコール・トムが陥落します。

アンコール朝はその後首都をプノンペンに移したためアンコールは荒廃して忘れ去られ、ジャングルの中に埋もれてしまいますが、20世紀にフランスがカンボジアを保護国とすると、探索の結果アンコールの存在が西欧に知られるようになりました。

 

クメール仏とは

アンコール王朝はヒンドゥー教と仏教が入り交じった文化圏であり、そのことが仏像の造形にも大きく影響します。

アンコール王朝期の造形で最も端的に現した作品がアンコール・トムにある塔の四面仏塔「バイヨンの微笑み」です。

バイヨンの微笑みは、その柔和な表情とぶ厚い唇、顎あたりまで伸びる耳などの特徴もあり仏教美術愛好家の間でも愛され続けている仏像造形のひとつです。

素材は様々ですが砂岩や青銅が主となります。

 

 

クメール仏の査定ポイント

クメール仏の査定ポイントはいくつかあります。

①保存状態(コンディション)がよいかどうか

これはクメール仏に限らず、骨董品や美術品買取全般に当てはまる条件です。

割れや欠けなどが入ってしまったものは完品に比べると買取価格は下がります。

クメール仏の場合指の欠損などがあると大きく査定価格は下がります。

 

②購入時の領収書などは残っているかどうか

これはクメール仏がどういったルートで入手したものか調べるためのものです。

デパートや百貨店などでご購入されたもの、また有名な骨董店、アンティークショップで高額購入したものであるならば、購入価格を参考に買取価格を算出することができます。また骨董店やアンティークショップの格により商品に質が担保される場合もあります。

 

③クメール仏買取に詳しい買取業者であるかどうか

クメール仏買取に限りませんが骨董品や美術品の買取には専門的な知識が必要となってきます。

そのためクメール仏買取が得意な買取業者とそうではない買取業者に分かれます。

一般的な大手リサイクル店では骨董的価値のある作品を見分けるのは難しいかもしれません。

お客様のニーズに応じた買取業者の選択をお勧め致します。

 

 

まとめ
クメール仏は9世紀初頭から600年余り続いたアンコール王朝の時代のカンボジアで制作された仏像です。
柔和な表情と厚い唇、顎あたりまで伸びる耳などが特徴的で仏像コレクターに人気のある仏像造形のひとつとなります。
高額買取査定において気を付けるポイントとしては①保存状態・コンディションが良いかどうか②作品購入時のデパートや百貨店、有名美術店などでの購入価格がわかる領収書は残っているかどうか③買取査定を依頼する買取業者がクメール仏に詳しい業者かどうか、などが挙げられます。

場合によっては買取業者何社かに買取査定依頼を出して問い合わせてみるのもよいかと思います。 

 

買取方法は出張査定・宅配査定・来店査定が一般的となっております。

お客様のご事情に応じて買取業者や査定方法をお選びいただくのがよいかと思いますが昨今では電話はもちろんLINEなどを用いた画像を添付するだけの簡易査定を行う業者がほとんどですので一度ご利用されてみて相見積りをとられてはいかがでしょうか。

 
  

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