江戸期刺繍
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民芸とは民芸運動の祖・柳宗悦や浜田庄司、河井寛次郎らによる造語で「日常的に使用される工芸品」のことを指します。民衆的工芸の略でもある民芸はその名の通り、民衆の生活の中で生まれ、日常的に使用され、且つ地域性がある手工芸品です。
ここは解釈の違いがありなかなか難しいのですが、柳たちの提唱する民芸とは一般的に民芸として広まっている観光地のお土産的「民芸品」とは一線を画す工芸品になります。
そういった前置きをしつつ今回ご紹介したい民芸の逸品が江戸期の木彫・猫形蓋物です。
ずんぐりと猫が丸まっている形が蓋物の造形として表現されている逸品です。胴の部分で二つに分かれるようになっています。
蓋物とは蓋のある容器のことを指し、日本の工芸品では他にも漆器や陶磁器などで作られます。
顔の造形が釣り目に眉毛と江戸期の猫の描かれ方をしており愛嬌がある表情です。
猫の歴史は奈良時代ごろ経典をネズミの害から守るために中国より輸入されたと云われております。それ以前も猫はいたと思われておりますが裏付ける文献がないため古代日本において猫が定着したとは考えにくいのかもしれません。
江戸時代の猫は、歌川国芳が猫好きで知られているように、一般の庶民、農家で沢山飼われたようなイメージがありますがそれはほぼ江戸後期からの事例であり、江戸時代初期・前期においては大変高価な動物でした。
そういった観点から鑑みて、この木彫の猫蓋物は江戸後期から幕末にかけて作られた民芸でしょう。
蓋の内側には猫が擬人化されたかのような喫煙姿の女性像が彫られております。
その女性の右上に「花買」の文字、花買とはいわゆる買春のことを指す隠語で、当時の遊女・花街で働く女性の姿を描いた彫刻だと推察されます。
そして本体の内側には何かをはめ込んで使用したのでしょうか、三様の形で窪みが形成されております。
このまま使用したのか何かを嵌めて使用したのか今では定かではありませんが蓋に描かれた喫煙姿の女性や幕末期には大変人気のあった猫の造形ということから推察しますと、花街で使用された何がしの盆・蓋物と考えられ、煙草盆かもしれません。
本体の底裏には「笑う門には福来る」恵比寿大黒が彫られ縁起物としても用いられたようです。
全体的にとろとろ加減もよく、使い込まれた風合いを感じさせます。
民芸とは生活に密着した工芸品ですが、これは恐らく色街という日常における非日常の生活において発展した工芸品であり、すなわち民芸と言ってもよいのではないでしょうか。
柳宗悦は民芸に「用の美」を求めました。柳は作家の目立ってやろうという意欲・作為を忌み嫌い、無名の工人による献身的な素朴さを新しい美意識として提唱します。
それに対し今回の猫形蓋物は一見意匠を凝らしているように思えるかもしれません。
しかしながらこの作品のどこにも作家の名は刻まれておりません。また猫形など様々な意匠も色街といった空間ではこの意匠が普通のことだったのではないでしょうか、壺屋焼の装飾美が沖縄の風土において普通だったことと同じように。
弊社・呂芸は1985年より杉並区荻窪にて古布・民芸・古美術品を中心に販売と買取りを行っております。販路はBtoB、BtoC、eコマースそして店舗販売による小売りと多岐に渡ります。
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この記事を書いた人
東京美術倶楽部 桃李会
集芳会 桃椀会 所属
丹下 健(Tange Ken)
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