江戸期刺繍
能などの日本伝統芸能は古布との関わりが深い文化のひとつです。最小限に要約された動きの中、能面と能装束の織りなす幽玄の美は世界にも類を見ない独特の世界観でさえあります。
能の起源は信仰との繋がりが深く、神仏に奉納するため社寺の境内や拝殿などで演じられておりました。
勧進の名のもと、野外に設置された舞台で行われるようになり、室町時代には観阿弥や世阿弥の出現により人々に鑑賞される舞台芸能として確立します。
江戸時代になると能は徳川幕府や武家の式楽に定められ格式を高めることとなります。
能装束は室町時代の日明貿易もあり、明から舶載した染織品を用いられるようになります。能装束のひとつに「唐織」がございますが、これは元々中国からの舶来品の総称でしたが能装束では主に女性役のシテが着る表着として名が定着しております。
能装束には大きく分類して女性文様と男性文様とがあり、それは和様の文様は女性的、唐様は男性的とも言い換えることもできます。
女性は往々にして日本の色彩豊かな四季を反映した草花文様が多く優しく華麗に表現されることに対し、男性は格式高い蜀江文様や輪宝、瑞雲、雲版、丸龍、獅子、鳳凰など力強く霊的かつ荘厳に表現された文様が特徴です。
また能装束の配色は舞台装置としての効果を考慮したものであり、暖色と寒色を合わせるなど思い切りの良い配色の妙が見受けられるのが特徴です。
男性役の能装束「厚板」は唐織の彩度に比べるとグッと抑えられ落ち着きがありますが、ここにもやはり配色で魅せる試みがわかります。さらに「段替り」と呼ばれる技法により異なる地色や文様が表現された意匠は見所のひとつと言えるでしょう。