江戸期刺繍
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買取品目 | 能面・能装束能衣装 |
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買取エリア | 世田谷区 |
買取方法 | 出張買取 |
買取価格 | 10,000円 |
ご覧下さり誠にありがとうございます、東京都中央区銀座で営業しております、創業40年!古布骨董買取呂芸です。
世田谷区より能衣装の装束の買取のご案内です。
画像の能衣装は昭和期の製作となります。
能装束(のうしょうぞく)は、能楽の舞台において使用される衣装であり、役柄や演目、季節、身分などを視覚的に表現するための重要な要素です。中世より受け継がれてきた能装束は、明治・大正を経て昭和に入っても伝統を守りながらも、時代の変化に即したさまざまな変遷を遂げました。特に昭和期(1926年〜1989年)は、戦争と戦後復興、そして文化保護政策の中で、能装束の制作、保存、使用において重要な転換期となった時代です。
昭和初期は、大正期から続く日本文化の見直しと尊重の流れの中で、能楽もまた国民文化として注目を集めるようになります。能装束においても、江戸時代から伝わる古式ゆかしい装束の形を維持しつつ、技術的な改良が行われていきました。
伝統的な染織技術(友禅染、金箔押し、織物技術)を活かしながら、化学染料の導入や新しい織機の開発により、生産性や耐久性の向上が図られました。例えば、絹織物の地に化学染料を用いて発色を安定させたり、機械織りによって複雑な文様を再現したりする工夫が見られます。
また、この時期には名家に伝わる古装束の模写や復元も盛んに行われ、装束の保存と記録の必要性が強く意識されるようになります。
昭和の中頃、特に太平洋戦争(1941〜1945年)の影響により、能楽界全体が大きな打撃を受けます。公演の中止や制限、物資不足により、新たな能装束の製作は大幅に減少しました。さらに空襲などによって多くの装束が焼失し、伝世品の損失も免れませんでした。
戦後になると、文化財保護の機運が高まり、1949年に文化財保護法が制定され、重要無形文化財(いわゆる人間国宝)の制度も確立されます。これにより能楽は重要文化財として保護対象となり、装束や面も含めて保存・修復が進められるようになりました。
この時期には、残された古装束の修復技術が磨かれ、染織工芸の復興にもつながります。また、戦前の写し装束(模倣品)を参考に、名物裂や古渡り裂を再現する研究が進みました。
高度経済成長期(1950〜1970年代)には、日本の伝統文化への関心が再燃し、能楽の公演機会も増加します。これに伴い、能装束の新調も活発化し、注文生産によって質の高い衣装が再び作られるようになりました。
昭和後期には、以下のような特徴が装束に見られます。
意匠の緻密化:写実的な草花模様や、幾何学模様に加え、伝統的な家紋や吉祥文様(松竹梅、鶴亀、鳳凰、唐草など)が豊かに表現されるようになります。
素材の多様化:従来の正絹(しょうけん)に加え、交織(絹と化繊を混ぜた布)や、化学繊維による装束も試みられるようになります。これにより軽量化やコスト削減が実現し、地方の能楽団体にも裾野が広がりました。
装束制作の分業制:刺繍、染め、織り、縫製といった工程ごとに熟練した職人が分業し、それぞれが高水準の技術を維持する体制が整っていきました。
このようにして、能装束は単なる舞台衣装ではなく、美術工芸品としての価値を備えるようになり、美術館や博物館での展示も盛んになりました。
昭和期にも、能装束の基本的な分類は江戸期と同様に保たれていました。代表的な装束の種類を以下に示します。
唐織(からおり):女性役(特に姫役)に用いられる重厚で華やかな衣装。昭和期も高級装束の代名詞であり、精緻な織りが評価されました。
厚板(あついた):武将などの男性役に使われる袴付きの装束で、装飾的ながらも威厳を持たせる意匠が好まれました。
水衣(みずごろも):幽霊や精霊などに用いられる軽やかな装束。戦後の復元作品では、透け感や染めの表現力が向上しています。
直衣(のうし)・狩衣(かりぎぬ):貴族役に使われる宮廷装束で、文様の再現に重点が置かれました。
これらの装束は、装束蔵や流派の保有品として受け継がれ、昭和後期には撮影記録・復元製作も行われるようになります。
また、昭和期には地方の能楽団体による装束の保有・継承も注目されるようになります。京都、金沢、東京といった中心都市以外にも、地方文化財として装束を保存する動きが活発化しました。たとえば石川県の加賀宝生流や、新潟県の小鼓方団体などが代表例です。
この動きにより、東京中心の文化から地域ごとの装束の特色が見直され、地方工芸との協業(加賀友禅との融合、京繍との連携など)も見られるようになります。
昭和期の能装束は、戦争という大きな試練を経ながらも、伝統の継承と技術の進化、さらには文化財としての保護・発展という面で極めて重要な時代でした。単なる「舞台衣装」としてではなく、日本文化の象徴として再評価され、現代にまで続く能装束文化の礎を築いた時代であるといえるでしょう。
このたびは貴重な能衣装(装束)を買取させていただき有難うございました。
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