わさらさ 和更紗

和更紗とは桃山時代から江戸時代にインドから渡ってきた日本古渡更紗を模倣して作られた日本製の更紗を 指します。

 

ポルトガル船からもたらされた、赤を主軸にした強烈な配色と躍動感があり多彩な文様で描かれた インド更紗のインパクトは絶大で、当時の大名、豪商、そして茶道に通ずる茶人・数寄人達がこぞって蒐集し 奢侈の対象となりました。彼らはこの異国情緒溢れるインド更紗(印度更紗)を陣羽織や武具の一部に用いた り、客人用の布団皮や座布団、風呂敷、また煙草入れなどの小物入れに用いたりしました。そして茶人は茶道 具を包む仕覆や袱紗、煎茶の敷物として愛用したりもしました。

 

彦根藩井伊家によって蒐集された「彦根更紗」が当時の日本古渡更紗を学ぶ上で重要な資料となっています。 こういった日本古渡更紗は町民にとっては高値の華で手が届くものではありませんでした。こうした中、日本 古渡更紗を模倣し、日本古来のテイストを加え、日本独自の素朴さと柔らかみのある更紗文様が考案されていく ようになります。 更紗染めの専業者が現れ始めたのが1700年ごろと考えられておりますが流行するのは1800年代の文化・文政年 間になります。 安政7年(1778年)に日本独自の手描き更紗の指南本『佐羅紗便覧』が出版され全国に更紗の技法が普及する のですが手描きは良質で高価な木綿が用いられ手間もかかり量産することができませんでした。

 

これは日本の藍染にも通ずるところなのですが、ちょうどその頃は日本各地で木綿の生産がされるようになっ ていた時でもあり、小紋や友禅で使用されていた型紙の技術でもある型染めが木綿にも流用されました。 型染めにより大量生産が可能になった和更紗は江戸中期から末期にかけ一般の人々にも普及するようになり絶 頂期を迎えます。 文様構成も多岐に渡り、唐草など植物文様や菱形文様など幾何学文様は型染めによる連続構成、動物や人物描写 は日本のそれまでの様式が取り入れられるようになっていきます。

 

和更紗の産地は京都・堺・長崎・鍋島などが知られておりますが、鍋島は献上品としての更紗という 意味合いが強く一般的に用いられたものとは言い難く、必然的に京都・堺・長崎が和更紗の三大産地と言っていいでしょう。

 

京更紗は水質のよい堀川水系に染屋が多く軒を連ねており「堀川更紗」とも呼ばれました。初期の手描き和更紗 は京都の下絵師が手掛け型染めの導入も友禅染という地の利をいかし早かったようです。 そういった背景から文様は曲線のメリハリが効いた唐草文様や格天井風の文様や幾重にも連続する幾何学文様は いかにも日本風であり京都風でもあります。 ただこういった特徴は和更紗の一片にすぎず、京都で染め上がった更紗は京都で販売された一方で堺港から各地に 輸送、また堺でも更紗生産されていたことから京更紗と堺更紗の区別はそこまで明確なものではありません。

 

堺更紗は堺という国際色豊かな港町ということから一般の人達より異国文化が普及し南蛮渡来のエキゾチック な文様に対する興味が強かったようです。堺は地理的にも河内木綿の産地が近く伊勢の型紙も手に入りやすかっ たことから大変硬質な更紗の生産が可能でした。 上記の通り、京都更紗と堺更紗の明確な差を見出すことはなかなか困難なのですが、一方で堺更紗ならではの 特徴ももちろんあります。 まず草花の描き方が京都に比べ写実的です。これはオランダ船から渡ってきたヨーロッパ更紗のデザインの影響 が強く反映したと考えられております。また地色に群青色を用い黄土・緑・赤茶などで配色したデザイン構成も 堺更紗に多く見られる特徴のひとつです。そして堺更紗の顕著な特徴は「霰」と呼ばれる点描です。花弁・地関 わらず点描された堺更紗は他の地域との差別化を図るため考案されたようです。

 

長崎更紗の特徴はまず色です。蘇芳と明礬(みょうばん)を合わせた泥を使った色である赤茶色を他の地域の 更紗と比べ圧倒的な量で使用しており最もインド更紗(印度更紗)の赤に近づけようとした試みが見られる和 更紗と言えます。その赤茶色は布帛の外側に縁取りするかの如く用いられ、その内側に鳳凰や唐草で更に縁取り し、中央部に遠近法を利かせた長崎の風景画などが描かれました。この他にも唐子や龍などのモチーフがあり 長崎という中国とオランダとの交易から双方の絵画的技法が導入されていることが特徴のひとつになります。 ただこういったわかりやすい長崎更紗の特徴が出ている更紗と他の更紗との区別は比較的容易に可能なのですが 長崎と堺は商人・職人の往来が盛んだったことから、ただ唐子が描かれているものや南国風・中国風だからとい って長崎更紗と断定できず区別がつきにくい分野でもあります。

 

和更紗は木綿という、絹の着用が禁止されていた町民にとって日常的な布地であったことから帯、間着、布団皮、 風呂敷、座布団皮、袋物、夜着などにも用いられ江戸町人文化の彩りとなりました。 明治以降も和更紗は染められましたが機械織と人工染料の導入により江戸時代の和更紗はその時代でしか生まれ 得なかった綿染織であり、今では希少な古布のひとつです。

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