茶道ほど古布と密な関係の日本文化はないでしょう。茶道具を包む袋状の布を仕覆といい、茶席において茶入や茶杓とともに客の拝見に供されるものです。
点前に茶器を拭いたり、拝見する際に茶器の下に敷いたりして用いられる布を帛紗と言います。 時代のある、由来のある茶道具の仕覆には名物裂と呼ばれる、主に室町時代を中心に、鎌倉時代 から江戸時代中期あたりにかけ日本に渡ってきた古布が用いられます。
中国の宗・元・明・清より渡ってきた金襴・緞子・錦などや間道・風通・繻珍(しちん)・ 天鵞絨(びろうど)・印金(いんきん)・莫臥爾(もうる・モール)・更紗など南蛮貿易により渡ってきたものなどが挙げられます。名物裂の名前の由来は所蔵していた大名や茶人、また裂の文様、生産地や能装束として用いられる演目など様々です。
例えば小堀遠州です。小堀遠州は江戸初期の大名茶人の一人で、遠州流茶道の祖としてしられております。現在茶道の流派には表千家・裏千家・武者小路千家などございますが、その中でも遠州流・石州流・上田宗箇 流は武家茶道として伝えられております。
小堀遠州は裂の造詣も深く当時オランダやイギリスとの交易で渡ってきた更紗(日本古渡更紗)を武家文化に取り入れた第一人者でもあります。その遠州が裂を仕覆に用いたことは必然と言えます。
遠州の銘が打たれた名物裂に「遠州緞子(遠州七宝)」と呼ばれるものがあります。これが利休・織部・石州と経て武家の宗匠となった遠州が好んで使用した文様とされ名物裂として現在にも伝わっております。ディフォルメ化された菊・牡丹・椿を七宝文様と合わせ、それらを石畳文様の中に規則的に配列した構成からも遠州の現代に通ずる美的センスを感じさせます。
このように茶道における古布の役割は非常に重要なポイントです。大切な茶道具を包むのが仕覆・帛紗です。そこには持ち主様の思い入れがあります。 こだわりとも言っていいでしょう。
ですがそれは茶道具だけにとどまりません。
なぜなら古布というものは想いを包むものだからです。